自信を「取り戻す」「回復する」という言い回し

ひきこもり支援施設の情報に目を通していると、ときどき、ひきこもっている人の自信を「取り戻す」「回復する」という表現を見かけます。

この言い回しには違和感を感じます。なぜならば、ひきこもりの私は、生まれてこのかた自分に自信というものを持ったことがないからです。持ったことがない自信を取り戻したり、回復したりすることなど、できやしません。

もっとも、こんな私でも、個別の事柄については自信を持つことはあります。例えば、九九をそらんじることには、いくらなんでも自信を持っています。

一方、肝心の、人付き合いの自信とか、働くことの自信、社会参加の自信は、物心ついてから持ったことがありません(ですから、「失った」こともありません)。ひきこもり支援機関の中には、特にこうした自信をひきこもり者に取り戻させることを目標の一つに掲げているところがありますが、少なくとも私について言えば、こうした自信は、取り戻すことも回復することもできません。もともと持っていなかったのですから。

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このように、「自信を取り戻す」「自信の回復」といった表現には違和感を感じるのですが、もしかすると大多数のひきこもりの人は、私と違って、もともと自信は持っていたものの何かのきっかけで失ってしまったため、このような表現になったのかもしれません。

そうでなかったとしても、この程度の言葉の問題は些細なことだろうと思うので、あまり大きく騒ぐつもりはありません。「自信を『つける』という言い方に変えろ!」などと声高に叫ぶつもりもありません。強いて言えば、このような表現を使うひきこもり支援施設は、私のようなひきこもり者について、正しい理解ができるのだろうかという疑問を感じないまでもないのですが、まあ、考えすぎでしょう。ただ、少し気になったので書いたまでです。

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