引きこもりと退屈さ

退屈さを感じるゆとりもない引きこもり


引きこもりの人の多くは、退屈さを感じていないという指摘があります。
斎藤環氏の『社会的ひきこもり』には次のように書かれています(斎藤, 2014, 第1部, 第1章, 第3節, 第7段落)。

経過が長くなってくると、みかけ上はあたかも無気力で怠けているだけのような状態になります。しかし実際にはこうしたみかけの下に、深い葛藤や強い焦燥感がひそんでいることがしばしばあるのです。その証拠に、無為の日々を送りながら、彼らの多くは退屈を知りません。これは一つには、退屈さを感ずるほどの精神的ゆとりもないためと考えられます。

私も退屈さを感じたことはないのですが、ここで述べられている多くの引きこもりの人とは違う事情によります。
私はブログの更新や家事手伝い、たまにある支援施設への通所(後に、職場への出勤)などで、慌ただしくしてきました。
引きこもりといっても、程度が軽かったのかもしれません。
あるいは、こうして忙しくして現実逃避をしてきたのかもしれません。


しかし最近、退屈さを感じるようになってきた


ところが、最近は退屈さを感じるようになってきました。
といっても、時間を持て余しているわけではありません。
親の高齢化により、家事における私の比重が重くなって、忙しさは増しています。
ここで言う退屈とは、単調な生活に飽きを感じ始めたという意味です。

単調な生活だと、時間が早く感じられそうで怖いです。
また、生活パターンの固定化により、物の見方や考え方が凝り固まってしまわないかという思いもあります。
このため、これまであまり興味を持ってこなかった分野に目を向けようとしたり、ハードルは高いですが、慣れないことへの挑戦を考えてみたりもしています。

このような感覚を持つとは、私にも精神的ゆとりが出てきて、引きこもり傾向がだいぶ改善してきたのかもしれません。
ですが、そうではなくて、社会と(あまり)関わらない生活が長く続きすぎたということなのかもしれず、ちょっと分かりません。


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