Fruges consumere nati

ホラティウスの詩より


「生まれついての無為徒食」
以前お話した『有閑階級の理論』の和訳書に、こんな強烈な成句がありました(Veblen, 2016, p.386)。
古代ローマの詩人ホラティウスが著した『書簡詩』の一節だそうです(1巻2篇27行)。
ラテン語の "Fruges consumere nati" の訳だそうです。

本当にこの訳が適切なのか裏を取ろうと、『書簡詩』の和訳書を手にとってみました。
すると、その本には違う訳が載っていました(Flaccus, 2017, p.23)。
「地の実りを消費するために生まれました」

さあ、どちらの訳がより適切なのでしょう。
私はラテン語はさっぱりで、判断がつきません。
それぞれの単語の意味を調べたところ、よく分からないのですが、
Fruges:地の実り
consumere:消費する?
nati:生まれた?(英語の nativeの語源?)

が大体の意味のようです。

「地の実りを消費するために生まれました」がどちらかと言えば直訳で、「生まれついての無為徒食」が意訳なのだろうかと思いますが、自信がありません。
地の実りを消費するという語句なら原文に確認できますが、無為徒食に相当する語句は原文にはありませんので。


フランクリンも引用


ところで、"Fruges consumere nati" でネット検索すると、海外のページが多くヒットします。
海外では多少知られている成句なのかもしれません。

この成句の引用例として代表的なのは、ベンジャミン・フランクリンの「アメリカへ移住しようとする人々への情報」のようです(Flanklin, 1784)。
フランクリンはこの成句を "born Merely to eat up the corn" と訳しています。
「ただ穀物を食べ尽くすために生まれる」といったところでしょうか。

この成句を引用して、フランクリンは
... doing nothing of value, but living idly on the Labour of others, mere fruges consumere nati, ...

... 価値のあることは何もしないが、他人の労働に依存して怠惰に生き、ただ「穀物を食べ尽くすために生まれ」……

などと書いています。
やはり、無為徒食との絡みで使われやすい成句なのかなあと考えてしまいます。






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