「ダメ元」人生

子供の頃から、自分は将来、社会参加できないと感じていた


「お前のような奴は、社会では通用しない!」

私は親にこう言われながら育ってきました。
ですが、親の認識は甘いと私は感じていました。
私は社会で通用しないどころか、社会に出ることすらままならないのではないか、そんなことを子供の頃から感じていたのです。
(そして実際にそうなっています、お恥ずかしい話です)

私は幼稚園に入園した段階で、集団生活に適応できませんでした。
苦手なことも多かったです。
周りの園児とは、明らかに何かが違う子でした。
そして、小学校の頃に転校すると、人が怖くなり、口をきくことすらできなくなりました。
そんな子供時代でしたから、自分の将来を悲観していたのです。
他の普通の子供たちとは、人生の初期段階で、埋めようがないほどの差があると感じていました。


ダメ元で、苦手なことを克服しようとした


とはいえ、ただ悲観していたわけではありません。
自分の人生、ダメ元で悪あがきしてみようと考えていました。
無理だろうけど、人が怖いとか、口がきけないとか、そうした苦手なことを克服してみようと頑張ったりもしました。
自分はこのままでは社会参加できないと考えていたので、就職活動が始まるまでがタイムリミットでした。

ですが、そのリミットまで、私の課題は克服できませんでした。
そして、現在に至ります。
(ただし、私が現在の境遇に至ったのには、他にも要因があると考えています)
最初から自分の人生を悲観していたので、「やっぱり駄目だったか」という意識が、どうしてもあります。

スポンサーリンク

ご近所での、私の評判

雪かきに取り組んで


ご近所の一部で、私の評判がよいという話を家族から聞きました。
信じられません。

なんでも、私が冬に雪かきを精力的に行っていたからとのこと。
おかげで、我が家の印象もよくなったそうです(又聞きの話ですが)。

確かに、雪かきはしました。
私は引きこもりがちと言っても全く外に出ないわけではなく、家の前に出て、近辺の雪をどかす程度ならできました。
今年は様々な要因が重なり、例年以上に多くの除雪作業を行っていました。

そんな私の様子を見ていた方がいらっしゃったようです。


施設で、花壇の整備をした時の話


そういえば、ある若者支援施設に通っていた時にも、似たようなお話を耳にしたことがあります。

その頃は、施設のプログラムで、皆で花壇の整備を何度かしていました。
その花壇が、近辺の人に評判がよかったという話を施設の職員から窺ったのでした。


身近な取り組みから、小さな自信に


雪かきも花壇も、評判がよかったというのはどちらも又聞きの話です。
とはいえ、そのようなお話を窺うと、引きこもったり、ニートのような状態にあり、自信を失いがちな身にとっては、ありがたくはあります。
このような身近で些細なことでも、思いもがけず自信を得ることが私にはあるようです。

一方、特に雪かきについては、そのような評判を頂いて怖いという思いもないではありません。
だって、本当は私は無職なのです。
きっとそのご近所の方は、ご存じないのでしょう。
しかも、実際の私の雪かきは、人目を気にして、平日の日中は避けて除雪するという、せこいやり方をしていました。
ごめんなさい。

※ ブログのテンプレートを元に戻しました。


スポンサーリンク

顕示的閑暇

働かなくても生きていけることを見せびらかす


「顕示的閑暇」とは、生産的労働に従事していないことを見せびらかすことです。

「顕示的閑暇」の概念も、前回お話ししたアメリカの経済学者ソースタイン・ヴェブレン(1857-1959)が、著書『有閑階級の理論』(1899)の中で示したものです。
英語では conspicuous leisure で、「衒示(げんじ)的閑暇」とも訳されます。

ヴェブレンによると、生産的労働は賤しいものと見なされており、富裕階級は「非生産的労働」に従事します。
ここで言う非生産的労働とは、政治、戦争、狩猟、宗教儀式などです。
我々が一般に考える「非生産的」とは意味するところが違うかもしれません。
なお、「顕示的閑暇」の「閑暇」は、怠惰や無為ではなく、このような時間の非生産的な消費を意味します。

生産的労働の必要がないことは名誉と称賛の対象となっただけでなく、後には品位を保つ必須条件にさえなったそうです。
ある意味、「働けば負け」だったのでしょう。


あまりにも世界が違う


現代の一般庶民である私とは、あまりにも世界が違う話です。
職に就いていないと自分自身が恥ずかしく感じるだけでなく、「働かざる者食うべからず」という社会規範や、日本国憲法の勤労の義務の規定があり、非常に体面が悪いです。
ですが、なかなか働き出せず、現状を打破することができませんでした。

このため、自分が働いていないことを、見せ付けようなどとするはずがありません。
逆に、隠そうとします。
場合によっては、無業であるにも関わらず、あたかも働いているようなそぶりをすることさえあります。
「顕示的閑暇」ならぬ「顕示的労働」です(こんな用語、経済学にはありません)。


スポンサーリンク

NEXT≫
最近の記事
カテゴリー
カレンダー(月別)
05 ≪│2018/06│≫ 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
RSSフィード
本など
学校や幼稚園で話せない子
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
64位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
7位
アクセスランキングを見る>>
リンク
このサイトについて

このサイトはリンクフリーです。張るのも剥がすのもご自由になさってください。相互リンクは現在募集しておりません。

携帯用アドレスを取得されたい方は、「こちら」をクリックしてください。

このブログのリンク先のご利用につきましては、ご自身の責任のもとでお願いします。なお、本等のリンクについては、Amazon.co.jpのアフィリエイトプログラムを導入しています。

なお、「富条」はハンドルネームです。本名は全く違う名前です。

メールは nhjournal77@yahoo.co.jp まで。