ニート引きこもりJournal

(元)当事者のブログ。2005年より。

15年以上引きこもり、脳幹出血で入院

Posted by 富条 on   0  0

15年以上にわたる引きこもり生活の後、脳幹出血。
そして、運動失調と構音障害に--
そんな40代独身男性への支援事例が、第53回日本理学療法学術大会で報告されたそうです。

↓ その報告です。国立情報学研究所のサービス CiNii へのリンクです。
◇ 星朋郎 (2019). 就労支援でセラピストが果たすべき役割とは何か: 一症例を通して見えたこと. 理学療法学Supplement, 46S1(0), G-95_2-G-95_2.
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男性は入院しましたが、自宅退院。
そこに訪問リハビリテーションに従事するセラピストが、就労支援に向けてリハビリを行ない、報告を行なっています。

15年以上も引きこもっていた患者にとって、入院したり訪問リハビリを受けたり、人と関わることになったのは、苦痛だったのではないかと想像します。
屋外歩行の際、「第三者の目が気になる」「面倒くさい」との発言が患者にあったのは、もしかしたら、そのあたりが原因だったのではないかとも思います。

ただ、この報告全体としては、患者が引きこもり経験者だったことについて特別な記述はあまりありません。
支援の際、患者の引きこもり経験は特に問題にならなかったのでしょうか。
また、引きこもりの裏には何らかの精神疾患や発達障害が隠れている場合もありますが、そこも問題にならなかったのでしょうか。
このあたりのところは、報告を読んだ限りではもう一つ分かりません。
(短い報告ということもあるでしょう)

あと、これは訪問リハビリのセラピストの問題ではないでしょうが、患者が脳幹出血に至った背景も気になります。
長期引きこもりにより不健康な生活になっていたとか、健康診断に通えなかったといったことが、脳幹出血の背景にあったのかどうかを、私としては考えてしまいます。

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「ネット社会」に参加していても、引きこもり

Posted by 富条 on   0  0

ほとんど「ネット社会」にのみ、つながっている人


引きこもりの本質は「社会的孤立」や「社会的排除」であるという見方を、ジャーナリストの池上正樹氏は示してしていました。
私も、引きこもりの本質は、社会に参加していないことではないかと考えてきました。

◇ 引きこもりの本質は
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では、ほとんどネットを通じてのみ、社会とつながっている人はどうでしょう?

引きこもりの定義を確認しましょう。
代表的な定義をご紹介します。
(厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」(2010)より)

様々な要因の結果として社会参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6カ月以上にわたっておおむね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念である。
なお、ひきこもりは原則として統合失調症の陽性或いは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである。

ネットを通じて在宅で働いているというのであればともかく、例えばオンラインゲームに入り浸っているとか、何とかJournalとかいう変なブログを書いているとか、そうしたかたちでの「ネット社会」での参加にとどまるのであれば、引きこもりとみなされるのが一般的ではないかと思います。

また、その程度であれば、「社会的孤立」や「社会的排除」の域を出ませんし、「社会参加」しているとも言い難そうに思われます。

結局のところ、就労や就学をしているかや、現実社会で家族以外の人との接点があるどうかが、引きこもりか否かの分岐点なのでしょう。


あるバーチャルユーチューバーの例


さて、先月、NHK WORLD-JAPAN から引きこもりに関する記事が出ました。
「仮想現実が、引きこもりの人たちにやり直しのチャンスを与える」というものです。

↓ その記事です。
◇ Virtual reality gives social recluses a chance to start over
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2年以上の引きこもりを経験したバーチャルユーチューバー、フィオさんという方が取材を受けています。
引きこもりといっても、うつの診断を受けた方です。

フィオさんはバーチャルユーチューバーとして人気を獲得、友人もでき、もう一度人生をやり直そうと思うようになったそうです。
昨年5月には、友人とともに仮想現実のイベントを企画する「VR法人HIKKY」を立ち上げています(ここまで来ると、もはや引きこもりではないでしょう)。
「HIKKYはVR上に生息している​制作チーム」とのことです。

この話を読んで、引きこもりとそうでない人との境界は何なのか、引きこもりとは何なのか、少し考えてしまいました。
ネット社会で強いつながりを持った人を、どこまで社会的に孤立していると考えることができるのでしょうか。
特にフィオさんの場合、バーチャルユーチューバーとしての活動が、会社設立にまでつながっています。
ただ、ちょっと特殊な例かもしれないとは思うのですけれども。

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自分は何者なのか

Posted by 富条 on   0  0

私だけができない


私は、他の人たちとは違う--

幼稚園に入園した5歳にして、そのことを思い知りました。

なにしろ、周りの子たちと同じように行動できないのです。
運動能力はひどく劣っていましたし、ハサミもまともに扱えず、図画工作の類も私だけ目立って駄目でした。
おまけに、園内で何度もそそうをして、先生にご迷惑をおかけしていました(これも、私だけでした)。
周りの子たちも5歳からの入園だったので、条件は同じだったはずです。

小学校に入っても相変わらずでした。
1桁の足し算ができず、クラスでは私1人が、いつまで経っても指を使って計算していました。

こんなとろすぎる子でしたから、特に家庭ではめっぽう怒られました。
心理的ダメージは大きかったです。


「知恵遅れ」を親に疑われたことも


後年親から聞かされた話によると、私は始語が遅く、3歳まで言葉を話さなかったそうです。
このため親は私のことを「知恵遅れ(当時の言葉)ではないか」と疑い、専門機関に相談に行ったことがあるとか。

また、幼稚園では私は笑わない子だったと、当時の担任が親に報告していたそうです。
確かに、卒園アルバムで、私が笑った場面が移った写真は1枚もありません。


私の正体はいったい何者なのか


こうしたことから、私は同世代の子たちと同じ人生のスタートラインに立つことができなかったという思いを持っています。
勉強だけは後に挽回できましたが、幼少期を中心に感じてきた強烈な劣等感は、後の私の引きこもりの一因になったと考えています。

なぜ私は幼少期からあんなに変わった人間だったのか、私の正体はいったい何者なのかという疑問は、今でも時々頭に浮かぶことがあります。
最近は発達障害が注目を集めており、もしかしたら私もそうだったのだろうかという疑問を持ったこともあります。
ですが、私に当てはまると思われる障害は見たことがありません。
ただ単にとろすぎる子だったのだろうと思うのですが、どこか腑に落ちないでいます。

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